暮らす

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これが豊かってこと。いい意味で価値観を再構築された

齋藤 優介さん

年齢: 36歳 /出身地: 新潟県燕市 /移住年: 2007年 /移住理由:

ー齋藤さんはどういうきっかけで越前浜に移住することになったんですか?

広い家を探してたんです。下田か弥彦か寺泊あたりで。ちなみに越前浜は全くノーマークでした。
その頃、たまたま新聞に橙鼠(星名康弘さんと吉岡ちえみさんの染め物工房)の活動が取り上げられてるのを見たんです。
こんな面白いことをしてる人たちがいるんだ!と思って、とにかくここに行きたい!ここに遊びに行きたい!と思ったのをよく覚えています。

それで休みの日を利用して新潟でやってた展覧会を見に行くついでに越前浜に寄って行こうと思ったんです。
そしたらめちゃくちゃ迷子になって、なんだここは!?って。402号線沿いしか知らないもんだからこんな集落があることも全然知らなくて。
結局辿り着けなくて電話してちえみさんに迎えに来てもらって、辿り着いた工房がとっても居心地が良くて。2、3時間いたんじゃないかな?

それから越前浜へは直々遊びに行くようになって、星名さんの話聞いてたら僕も住みたくなっちゃって。
その頃、星名さんは実家のある十日町に戻ろうかどうしようか迷ってたんだけど、新潟市役所が主催した座談会で「オレは星名さんがいるからここに来るんだぞ」って大勢の前で言って(笑)

でもそこから住まいがなかなか見つからなくて1年くらいかかったんですよ。

ー住まいはどういう風にして見つかったんですか?

まだ越前浜に住んでもないのに草刈りとか側溝普請(側溝掃除)とか自治会の活動に参加してたんです。
結局1年経っても見つからないから半分諦めかけてたんだけど、星名さんにあんなこと言った手前、嘘でもいいから一度は住まなきゃなって(笑)

そんな地道な活動の甲斐もあって、前の自治会長さんがなんとか齋藤に家を貸してやってくれって皆さんにお願いしてくれたんです。
そしたら貸してあげれるかもしれないって言ってくれた人がいて、とにかく住まいを探し始めてからそういう話が出たのが初めてだったので、中を見る前にそこでいいですって言って。次の話なんて待ってたらいつになるか分からないと思ったから。

後で知った話なんだけど、その時もう一人貸してくれと言ってる人がいたらしいんですけど、自治会長が推薦した人を入れようってことで僕に貸そうってことになったらしくて。
今までの活動を見てもらえてたってことですね。
そういう意味では越前浜って自治会がとてもしっかりしてて、率先して外の人を受け入れてくれる土壌があったおかげで、僕らは今ここにいれるんですよ。

ーそれでようやく越前浜に移住できたんですね

いや、それが20年くらい人が住んでないところだったので、結局そこから1年くらいは住めなかったんですよ。
その頃、仕事が忙しくて週に一回くらいしか片付けに来れなくて、1年かけて少しずつ住める状態にしていったんです。

ー生活で苦労はなかったですか?

いやー、不便でしたよ。まず冬がとにかく寒い!
夏はいいんですよ。この辺の建物って風の抜けが良くて夏を快適に過ごせるような造りになってるから、反面冬が寒い。
あと今となっては全然問題ないんだけど、この辺って電波障害でテレビが映らないんですよ。難視聴地域なんです。でも逆にそれなら見なくていいかって。

それとインターネット環境が2、3年前までISDNだけだったのがとにかく不便だったかな。
当時N○Tはうちも商売でやってるからこの地区の世帯の半分以上が加入してくれないと赤字になるから光回線は通せないって言ってたんです。
それでカチーンと来て、いろんな世帯の人に仮契約書に署名してもらって世帯の半数以上が加入しますよ!って、せめてADSLでもいいから通してくれって言って。あの時はみんな超過激だったね(笑)

徐々に住みやすくはなってきたんだけど、やっぱり車に乗れない高齢者の人や免許を持ってない人には住みにくい環境なのは変わってないかな。
この辺で最寄りの大きな町っていうと内野になるんですけど、バスで行ける最寄り町って巻町になっちゃうんです。
今でこそ合併して越前浜も新潟市になったけど、元々ここって巻町なので行政としては巻町に人を行かせたかったんですよね。

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ー少しずつ越前浜も変わっていってるんですね。そんな不便なこともありながら、齋藤さんは越前浜に住み続けてるわけですよね?それはなぜですか?

うちに人が集まって騒がしくしてたことがあって、さすがにご迷惑おかけしたなと思ってお隣さんに謝りに行ったんですよ。
そしたらお隣さんが「そんなの20年間隣に誰もいなかったことを考えたらよっぽどいいよ。お隣に電気が点いてるってこんないいことはないんだよ。」って言ってくださって。
あんまり表立って伝えられることがなかったから気付かなかったけど、ちゃんと見ててくれてるんだなって思いました。
もともと越前浜に住んでる人はそういうことがしがらみに感じることもあるかもしれないけど、逆に僕らみたいなそういうことが希薄なところから移り住んできた人間には「繋がり」を感じるんですよね。
燕市に住んでた頃より、よっぽどご近所付き合いが多いですもん。

テレビも見れない、ネットも繋がらない、そんな不便なところにいて「かわいそう」みたいな言い方をされることがあるんだけど、本当にそうかなって。
この辺を散歩してると、ここにいる人たちの日々の暮らしを感じることがあるんですよ。庭がすごく丁寧に手入れされていて、とってもステキな暮らしが紡がれてるなとかね。
これって本当にかわいそうかな?むしろこれが豊かってことなんじゃないの?って思います。いい意味で価値観を再構築された感じはありますね。

たぶん越前浜を一番楽しんでるのは僕なんじゃないかな(笑)
角田山に登って走って、砂浜を裸足で走って、今越前浜というコンテンツが自分の中で最強のツールになってますね。

ー越前浜の生活で齋藤さん自身も変わっていったんですね。

それまでの自分は超仕事人間でしたからね。24時間営業中みたいな。
周りの人も大丈夫?って心配するくらいでしたから。

それが越前浜に移住して生活のギアが少し変わって自分の中に「余白」が生まれましたね。
それによって仕事の効率も上がりました。仕事の時間半分なんだけど効果2倍みたいな。そういった意味でも良い相乗効果があったと思います。

ーそれでは最後に、これから越前浜にどうなっていって欲しいと思いますか?

高齢化による人口減少っていうことで言うと、たぶん新潟市の中で越前浜が一番過疎化率が高いと思うんですけど、逆に越前浜に人が増えたって事例ができると今後、新潟県の希望になるんじゃないかなって思います。
僕らは当たり前に生活してるだけなんだけど、なんとなく周りから「生活を楽しんでる」って思われてるところがあって、それで越前浜に移住したいって人が増えていったら、それってとってもステキなことじゃないですか。

あとは越前浜にはスポーツタウンとしての可能性もあるなって思います。スポーツって人をググッと引き付ける力がありますからね。
近くに山があって海があってっていう環境があったから僕もトレイルランを始めましたから。
実際トレイルランナーの人たちからも、こんな歩いて行けるところに山があるって羨ましいって言われますし。
そういう意味で、越前浜って場所そのものの魅力が最強のコンテンツになってると思いますね。